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名古屋高等裁判所 昭和39年(行コ)8号 判決 1966年1月27日

控訴人(原告) 桜井正一

被控訴人(被告) 名古屋北税務署長 名古屋国税局長

訴訟代理人 林倫正 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人名古屋東税務署長が昭和三五年一二月六日なした控訴人の昭和三二年度分総所得金額を九二万三、一九四円と更正した処分および控訴人の昭和三三年度分総所得金額を九七万五、八〇六円と更正した処分のうち、それぞれ一三万四、四〇〇円を超える部分を取消す。被控訴人名古屋国税局長が昭和三六年八月一六日なした控訴人の昭和三四年度分総所得金額を一一七万四、一二八円と訂正した決定のうち一四万四、〇〇〇円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および書証の認否は、当事者双方の陳述につき末尾添付のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

当裁判所の判断によるも控訴人の請求は失当であつて棄却すべきものと考える。その理由は、原判決の理由四の(二)の説示を左のとおり改めるほか、原判決の説示するとおりであるから、その理由記載を引用する。

最高裁判所昭和三五年(オ)第一、一五一号昭和三九年一一月一八日大法廷判決は、債務者が利息、損害金として支払つた利息制限法の制限超過部分については、強行法規である同法第一条第四条の各一項により無効とされ、その部分の債権の発生を認めない趣旨と解せられる。

しかしながら、所得税法上、所得の概念は、もつぱら経済的に把握すべきであり、所得税法は、一定期間内に生じた経済的利得を課税の対象とし、担税力に応じた公平な税負担の分配を実現しなければならないので、所得の発生原因たる債権の成否とは無関係に、いやしくも納税義務者が経済的にみて、その利得を現実に支配管理し、自己のためこれを享受しうる可能性の存するかぎり、課税の対象たる所得を構成するものと解するのが相当である。もつともこのような制限超過の利息、損害金もその後、事実上回収不能に帰したときは、その事実が確定した日の属する年分の事業所得の計算においては、いわゆる貸倒損失金として必要経費に計上しうることはいうまでもない。しかしそれ以前においては、たとえ回収上にどのような困難があるとしても、遡及してまで課税所得金額を再計算することは許されない。このように解するのでなければ、国民の担税力に応じた公平な税負担は期すべくもないからである。

しからば、本件各債権につき、その旧利息制限法、現行利息制限法上の効力にかかわらず、これを課税の対象とした本件課税処分はもとより正当であるといわねばならない。

以上の次第ゆえ、当審の判断と同一結論に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 成田薫 神谷敏夫 辻下文雄)

(別紙)

(控訴代理人の主張)

控訴人が昭和三三年八月二〇日訴外中村勝彦との間に、同人を債務者、中村松代を連帯債務者、貸付元金七七五、五〇〇円利息は年一割八分、弁済期は昭和三三年九月二日、弁済期限后完済に至るまで日歩九銭八厘の割合による違約損害金を支払う旨の金銭貸借契約を結び公正証書を作成したがその后右元金の返済がなされなかつたことは争わない。

しかし右約定どおりの割合の利息および違約損害金の支払を受け得る権利は控訴人に存しない。

蓋し右約定は利息制限法第一条第四条に違反するものであり、同法は強行法規であつて、同法の制限を超過する違約損害金の支払を控訴人は請求し得ず、又、かような制限超過違約損害金を法律上受領し得る正当な権利はないからである。

原判決はこの点について「たしかに利息制限法の利率を超える部分は裁判上無効ではあるけれどもその超過分も法律的には借主の任意の履行を正当に受け得る自然債権として存続し得る……」と判示するが、右解釈は正当でない。

旧利息制限法についても既に支払われた超過制限利息等は債務なき弁済として返還請求し得るものであり、現行利息制限法第一条第四条の各二項は、「制限超過の利息損害金を支払つた債務者に対し裁判所がその返還につき積極的に助力を与えないとした趣旨と解せられ(昭三九、一一、一八、最高裁大法廷判決、判例時報三九〇号)ており制限超過利息や損害金の約定が裁判上たると裁判外たると無効たることには変りがない。

したがつて控訴人は新、旧利息制限法の制限を超過した利息損害金を正当に受領し得る法律上の権利は有しないものである。

現に債権の契約利率が利息制限法所定の利率を超過するときは利息制限法の利率によりその収入を計算すべきものであるとし(明治四五年四月一六日行政三判)

「該債権ノ契約利率(十円ニ付日歩三銭四厘)及延滞利率(十円ニ付日歩一銭五厘)ハ共ニ利息制限法所定率ヲ超過シ合谷勝之助ニ対スル債権ノ契約利率モ利息制限法ノ利率ヲ超過スルヲ以テ此等債権ノ利子ハ利息制限法所定ノ利率ニ依リテ計算スルヲ相当トス」と判示した判例もあり超過利息や損害金に対して所得税を課することは違法である。

(被控訴代理人の主張)

昭和三九年一一月一八日最高裁判所において、利息制限法に定められた利率より高利をもつて貸金契約をなした債務者が、任意に制限超過部分を支払つた場合において、残存元本があるときには民法四九一条の適用により元本に充当される旨判決された。右判決は従前の超過利息契約そのものは有効であるが、ただ裁判上請求できない。従つて債務者が任意に超過利息を支払つた場合は、その充当は有効であるという自然債務的な考え方であつたのを、今回、制限超過の利息契約は、その超過部分について裁判上も裁判外も無効であつて、たとえ当事者の合意もしくは指定によつて、超過利息、損害金えの弁済充当をおこなつても、その充当が有効となることはないという実体法上無効という考え方にあらためられたものと解せられるのであつて、利息制限法が経済的弱者の地位にある債務者の保護を主たる目的としている趣旨を明確にされたものである。従つて、本判決は利息制限法の制限利率を超過するような高利の貸金契約をなした債務者が、裁判所にその救済を求めたときに妥当するけれども、右のような高利の契約をなした債権者に対し、右貸金契約から生ずる利得を課税するときに、右判示に従つて利得を計算すべきでないことは、利息制限法が債権者を保護することを目的として制定されたものでなく、また右判示が同法の趣旨にそつたものであることによつても当然であつて、前にも述べたように、もつぱら、経済的見地からこれを把握すべきであることは多言を要しない。すなわち、控訴人は訴外鷹尾、同中村に対して係争年中、本件契約に基いて算出される利息、違約損害金全額についてこれを管理していたことは、右鷹尾に対する本件違約損害金債権を昭和三六年一〇月二八日放棄した以外に、右訴外人らに対して約定利率の改訂、未収利息債権等の放棄、或は当事者間において訴訟が提起された事実がないことに徴しても明らかである。しからば控訴人の各係争年分における課税の対象となる利得は、発生主義の建前をとる所得税法上においては、控訴人と訴外人らとの間においてなされた本件契約に基いて発生した右利息、違約損害金債権で被控訴人が本訴において主張する金額がこれに該当するものである。もつとも控訴人は、被控訴人の主張する右契約のうち、利息制限法の制限超過部分に対する契約は無効であるから、被控訴人の主張する債権は発生しないと抗弁するが、税法上、利得の発生原因が有効か、無効かは無関係であるから、控訴人の抗弁は理由がないばかりでなく、控訴人は少くとも係争年中自ら無効を主張される右債権について訴外人らに請求し、これを一部収受していたものであるから、右主張は事実と矛盾するものである。

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